るんぺんパリ【RunPenParis】

詩・詩集・ことばをデザイン・アート・写真 るんぺんパリ【RunPenParis】 以前は「Kマーホ」の名で活動(1999-2002)、詩集「トイレの閃き」「テレビジョン」「おしりとサドルが あいますか」「マガサス星人」「コールサック」「眠立体」6冊の詩集を出版して活動休止。 令和元年(2019)に、「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開。 三重県伊賀市(旧上野市)出身 静岡県在住

夢を見たので

夢日記

鮮明な夢を見てその後寝つきが悪くなり、こ
れを書きだした。夢の内容はこうです、家族
と出かけようとしたら、高校生の生意気な男
に変な態度を取られた、その高校生の男の近
くには小学生のこれまた生意気な男の子がい
た。その生意気な二人は兄弟で何処かへ向か
うようで、自分たち家族と同じ方向だった、
その生意気な兄弟の態度が気にくわない自分
は、その感情を兄弟に向けて放った、大事に
はならなかったが、その兄弟も不満気だ。そ
の後、一人の男が自分たち家族を威嚇して来
た、自分も売られたケンカを買って見たら、
あの生意気な兄弟の父親だった。それぞれが
敵対する関係になった。その自分たち家族は
何処かお店から出ようとしたら、高校生の自
転車が邪魔をしていたので、自分はその自転
車を踏みながらその場を脱出した。その行為
で絡まれたが、それほど盛り上がらなかった
その後、別の店に入ったら、あの生意気な兄
弟がいたが、自分たちには気が付いていなか
った、ふと近くにその兄弟の父親がいたので
なぜか自分から絡みにいった。少ししたら兄
弟も気が付いて、不快な顔を自分たちへ向け
て来て、またもめ事が始まりだした時に目が
覚めた、不快な気持ちで寝ていられなかった
という感じでモヤモヤした感情があって、今
起きて、この夢を記録している。断片的な記
録で夢の中の事なのでストーリーが無いのは
何故だろうと思う。夢の中で家族といたけど
家族は出て来ないのは何故だろう。この兄弟
と父親は何を絡んで来るのだろうか。この夢
の内容からしていい予感も無いし、もやもや
しながら朝を迎える事になるし、何とかポジ
ティブに考えてこの後を過ごしたいけど難し
いから色々と気を付けて行こうと思った。昨
日寝たのは20時15分ぐらいでこの夢で起
された時間は2時30分ぐらいだったかな、
睡眠時間は6時間は寝ているから充分かなと
思う。あとこの夢を見るきっかけのような事
を思い出してみた。まず一つは朝にじろっと
見て来るおじいさんと出会って嫌だった。お
昼に珍しく自分の言いたい事を言ったら、逆
にもやもやした気持ちになった。これから大
きな責任を負う内容の話しがあった。意外な
人が離れて行く事を知った。自分の環境が大
きく変わり始めた。その環境から逃げられる
方法の行方がまだ決まらない。今の環境から
逃げたい気持ちもあるけど、がんばろうと言
う気持ちもある、今は逃げたいが上回ってい
感じ。先週に楽しい事があってその楽しさが
終わって寂しさが来ている。梅雨が近づいて
いる。夕方に物凄い勢いで追いついて来る軽
自動車に出会った、ここ最近では2回目の遭
遇。ゆっくりとテレビを見て笑いたいけど、
面白い番組が無く早く寝床につく。もうすぐ
満月が見られる、とても興奮してくる。それ
で良しとしたいから夜は晴れますように。

 

 

るんぺんパリ【RunPenParis】

自己紹介

【自己紹介 2024年5月3日】

三重県伊賀市出身
旧名の上野市に
1976年から
1996年6月まで住んでいた

伊賀市で有名なのが
伊賀流忍者
伊賀牛
松尾芭蕉
俳句
上野城

小学校までは依那具にある
市営の城ケ丘住宅で過ごし
小学校の通学路にある
垂園森でよく遊んだ
現在も存在しているが
オバケが出そうな森

中学校から市街の上野城
城下町で過ごした
中学校の3年間は
転校生という立場と
中一で足の骨折
中二で腕の骨折
どちらも遊んでいての骨折2回
中三の高校受験で
いい想い出は無い

高校2年生で
小学校の時にサッカーで出会った
旧友とバンドを組んだ
その時が一番楽しかった。

1993年
一人暮らしを始める
やっと自由になった気がした
2年間ぐらいは金が無くて
通帳の残高は毎月マイナス50万
スレスレ生活

1996年7月から
2003年7月の
7年間は茨城県と千葉県の県境
利根川の近くに住んでいた
この界隈を走るタクシー運転手の
態度は本当にムカつくから
こっちも態度悪く乗ると
気分の悪さはお互いさまになる
関東平野は景色が無く
ここでの生活は落ち着かなかった
食文化も人も気候も水も
肌に合わなかった

1997年から
パソコンを38万で購入して
作詞やネットに興味を持つ
まどみちお詩集を読みだす
作詞に近い詩を書き始める
「Kマーホ」という名で
詩を書き始める
目標を300篇と決めて
詩を思いついたら
メモをつけるようになる
週末は家に引きこもり
一日中、音楽を聴きながら
パソコンがあるのに
まだワープロで詩を清書していた

1998年から2002年まで
「Kマーホ」の名で
詩に団体に参加したり
詩の賞に応募したり
詩集を自費出版したり
この当時参加していた詩の団体には
もうドロドロとした
詩を書く人や
あまりにも読み解けない詩や
暴力的な人や
いい人もいたけど
自分とは全然目指している方向が
違うので2年目ぐらいで辞めた
それからは詩の団体に興味は無くなった
それから
自費出版した詩集を
全国の小中学校や
全国の図書館へ寄贈して
活動を休止
理由は2000年に結婚してから
集中して詩を書く時間が無くなってきたから
2002年に2つの詩集を出版して
詩の事は全部段ボール箱へ入れた

2003年から2019年まで
育児に重点を置いて生活をする
この時期は友達とも連絡を
切っていたので
のちに死亡説が出ていた

2003年7月から
現在は静岡県在住
もう20年以上住んでいる

2019年
るんぺんパリ【RunPenParis】の名で
詩を書き始める
SNSでの詩の発信を始める

るんぺんパリ【RunPenParis】とは
フランスはパリの街を
ぺんを持って
走るという意味から
【RunPenParis】ができた

1973年8月1日生まれ
しし座
O型
右利き
詩・詩集・ことばをデザイン
アート・写真・小説・ペン画

松尾芭蕉の生家がある伊賀市
十代までを過ごし
俳句が幼少期から
身近に存在していた

二十代から詩を書き始めて
「Kマーホ」名で活動(1999-2002)
詩集6冊を出版して活動休止

その後
松尾芭蕉の俳句のような
シンプルな言葉遊びを
詩で出来ないかと考えていた中で

令和元年(2019)に
「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で
活動を再開

SNSに140文字に
言葉をデザインした詩
「140文字詩」を
毎日投稿する活動を始める

2023年9月に140文字詩が
1200作品に到達した事で
「140文字詩」を全国へ
さらに世界へと
俳句のように広く知られる
存在になって欲しい

◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧
【2023年】Amazonで販売
2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」
2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」
2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」
2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」
2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」
2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」
2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」

【2022年】Amazonで販売
2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」
2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」
2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」
2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」
2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」
2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」
2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」

【2021年】Amazonで販売
2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」
2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」
2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」
2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」

【2020年】Amazonで販売
2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」
2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」

【2019年】Amazonで販売
2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」

◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)
【2002年】
2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」
2002/4/4 第5詩集「コールサック」

【2000年】
2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」
2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」

【1999年】
1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」
1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」

【受賞】
2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞
2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞
1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞
1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート

るんぺんパリ【RunPenParis】

自己紹介

【自己紹介 2024年4月21日】

三重県伊賀市出身
旧名の上野市に
1976年から
1996年6月まで住んでいた

小学校までは依那具にある
市営の城ケ丘住宅で過ごし
小学校の通学路にある
垂園森でよく遊んだ
現在も存在しているが
オバケが出そうな森

中学校から市街の上野城
城下町で過ごした
中学校の3年間は
転校生という立場と
中一で足の骨折
中二で腕の骨折
どちらも遊んでいての骨折2回
中三の高校受験で
いい想い出は無い

高校2年生で
小学校の時にサッカーで出会った
旧友とバンドを組んだ
その時が一番楽しかった。

1993年
一人暮らしを始める
やっと自由になった気がした

1996年7月から
2003年7月の
7年間は茨城県と千葉県の県境
利根川の近くに住んでいた

1997年から
パソコンを38万で購入して
作詞やネットに興味を持つ
まどみちお詩集を読みだす
作詞に近い詩を書き始める
「Kマーホ」という名で
詩を書き始める
目標を300篇と決めて
詩を思いついたら
メモをつけるようになる

1998年から2002年まで
「Kマーホ」の名で
詩に団体に参加したり
詩の賞に応募したり
詩集を自費出版したり
その自費出版した詩集を
全国の小中学校や
全国の図書館へ寄贈して
活動を休止

2003年から2019年まで
育児に重点を置いて生活をする
この時期は友達とも連絡を
切っていたので
のちに死亡説が出ていた

2003年7月から
現在は静岡県在住
もう20年以上住んでいる

2019年
るんぺんパリ【RunPenParis】の名で
詩を書き始める
SNSでの詩の発信を始める

るんぺんパリ【RunPenParis】とは
フランスはパリの街を
ぺんを持って
走るという意味から
【RunPenParis】ができた

1973年8月1日生まれ
しし座
O型
右利き
詩・詩集・ことばをデザイン
アート・写真・小説・ペン画

松尾芭蕉の生家がある伊賀市
十代までを過ごし
俳句が幼少期から
身近に存在していた

二十代から詩を書き始めて
「Kマーホ」名で活動(1999-2002)
詩集6冊を出版して活動休止

その後
松尾芭蕉の俳句のような
シンプルな言葉遊びを
詩で出来ないかと考えていた中で

令和元年(2019)に
「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で
活動を再開

SNSに140文字に
言葉をデザインした詩
「140文字詩」を
毎日投稿する活動を始める

2023年9月に140文字詩が
1200作品に到達した事で
「140文字詩」を全国へ
さらに世界へと
俳句のように広く知られる
存在になって欲しい

◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧
【2023年】
2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」
2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」
2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」
2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」
2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」
2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」
2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」

【2022年】
2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」
2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」
2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」
2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」
2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」
2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」
2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」

【2021年】
2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」
2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」
2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」
2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」

【2020年】
2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」
2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」

【2019年】
2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」

◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)
【2002年】
2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」
2002/4/4 第5詩集「コールサック」

【2000年】
2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」
2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」

【1999年】
1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」
1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」

【受賞】
2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞
2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞
1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞
1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート

伊賀から素敵な絵本が届いた。

伊賀から素敵な絵本が届いた。

桜が咲くのを待つ この時期
事実として今生きている事に
暖かくなって来た風が
心地よく感じて
ふと ぼんやりとしてしまう

12時間を切る

昨日の朝9時に出発して
伊賀上野に向かった
一人の客人を乗せて
インターに繋がる信号機で
後ろについた車が気になった
おそらく近所の人だ
たぶん静岡へ行くんだろう
料金所であっという間に
先を急いで行った
お土産は出来なりの場所で買うつもりだから
進めるだけ走ろう
ナビは4時間で着きますと表示
客人は静かに乗っている
清水でトイレ休憩
雨はひどくは無いが不快
お土産にわらび餅を買ったが
店員さんがカタコトの外国人で
一個300円と少し不信感で走り出す
今朝は寒かったので車内の温度設定は25℃
とても寝心地のいい環境で
客人は気持ち良さそうだが
こっちはもう危険を感じる眠気と戦う
掛川でトイレ休憩
顔を洗い
客人のお仏壇へ少し手を合わせる為の
お土産と本当に目的の伊賀上野への
お土産を買う
温かいブラックコーヒーを飲み干した
客人はお土産を買ってきた
うなぎパイだった
なんと無くがっかりした
もっと目移りしそうなお土産があるだろう
客人は80歳手前の女性
少し同じ事を聞く事が多くなってきているらしい
腰が悪いのでその痛みをさせる体勢で歩き
もう思うように歩けているとは言えないが
本人はまだ自信を持っている感じ
簡単にまとめるとまだまだ頑固な客人
掛川で眠気を飛ばして
車内温度を24.5℃にして
先を急いだ
客人はもう眠気にやられ
いい気持ちで眠っている
掛川で買った眠気覚ましのタブレット
安心を少しくれた
愛知県に入った頃
客人が話を始めた
2話あったが1話は続かず
もう1話は一方的に話が進んだ
内容は昔の考え方でのイザコザ
お墓に入れないとか
お金は死んだら全部、国に取られたとか
客人が全部、最後の世話を片付けたとか
もうこんな昔話は生では聞けないだろうと
聞いていたら
客人がお昼はどこで食べようかと
話を変えてきた
刈谷がいいというので
刈谷で昼食にした
客人はカツカレー
自分は味噌カツ定食1100円
これから渋滞があるかもと言う事で
トイレを済まし
行こうとした時
客人がカレーの後の口が気持ちが悪いから
何かさっぱりした物を食べたいと言い出した
少しわがままを言い出した
こっちは最終目的の伊賀上野
早く着きたい
今日は土曜日だし車も多い
一緒にプリンを食べようと誘われたが
そんな時間の余裕は無く
冷たく断った
こういう状況は避けたかったが
仕方が無い
この年代の人は甘く返すと
その甘さにどんどんわがままになるから
客人はワッフルを2個買いそうになったが
瞬時に自分はいらないですと断ったら
1個にしていた
お腹が膨れると眠くなる事を理解していないからようだ
たぶんそんな事は一切考えて無くて
客人は自分の欲を満たしたいだけの
事に気をつかって巻き込んできたと思った
予想通りに刈谷を出発したら
いきなり渋滞になった
三車線が一車線になる渋滞1.6km
原因は道路中央に出来た穴だった
高速道路では危険な穴に感じた
その後は順調に進み
客人を関まで届けて
仏さんになむなむとしてトイレを借り
客人がお礼のお金を用意している間に
逃げるようにその場を去った
4時間ぐらい着く予定が
5時間30分もかかった
客人の世話とお昼の時間が
予定を超えた
身軽になったそのスピードで
伊賀上野の実家へ
年末に自動車に引かれた母の近況を確認
補聴器を付けないので話がかみ合わず
5分ぐらいどんな状況で住んで居るのかを
カメラに収めて戻る事にした
それにしても伊賀上野はつまらない
覇気を感じないこの雰囲気が嫌いだ
この日は曇天で特に暗い感じがした
もうここには来たくない感情が大きくなった
その気持ちは
そのご東名阪から伊勢湾岸道
新東名を懐かしい音楽を大音量で
80kmのスピードで走って
返って来た
ナビが目的地到着のアナウンス
4時間34分
自宅着は20時31分
まだいつも好きで見てる番組が見れた
この時のビールが
本当にうまい

 

原因を超え切る

原因を超え切る

原因を伝えても
その原因を否定してくるのが
洗脳された人間である事は確かだ
洗脳された人間を自分の方向へ持ち込む時間が
一番無駄な時間だ
その無駄な時間でしか解決できない原因が
あるのが事実で現実
この事実と現実を何度も変えようとすると
行き詰まる
行き詰った時に割り切るという選択肢が出れば
救いの道があるように思うがガマンが増える
割り切るを選ばないとしたら
乗り切るという選択肢がある
乗り切るにはどうしたらいいのか
これを考え出すとかなり泥沼に入って
さらにややこしい悩みが生まれる
それ以外を考えよう
割り切るでは無く、乗り切るでは無く、
超え切るだ
超え切るのが、一番の解放だ
どうやって超え切るのか
例えば真面目な考えの人は正論だという事を
前面に説明してくる
その説明を聞き切るとその真面目な考えの人は
満足する、それを繰り返してあげると
その真面目な考えの人は正論に溺れだす
溺れだすとは否定の考えが出て来ない事で
息継ぎの方法を忘れだす、そうすると
元々が真面目な考えだから、人の話を
一度で聞き取る事が難しくなる
なぜ難しくなるのか、人は否定の意見から
自身の考えを整理して成長する
その否定の考えが入って来なくなったら
その整理する能力が退化して
傾聴し整理する能力が発動しづらくなり
この真面目な考えの人は真面目に壊れだす
これで真面目な人の洗脳にズレが出る
この真面目な人は自身の原因からは
外れてくるだろう。
もう一つ、何でも感でも
思いついた言葉を発して
他の人への思いやりが薄い人がいる
この人はかなり利用できる人だ
こういう人はもう自由にさせておけば
自分で自分を苦しめて自爆してくれるが
自爆してもらったら、利用できないので
自爆ギリギリで助けてあげる事を
繰り返せばいい
この人はその内、自身を助けてくれる
存在として日に日に変わっていく
そうすると自身の原因からは
外れて来るだろう
原因とは逃げようとする事では解決しない
原因はいとも簡単に処理できる
それは原因を超え切る事だ
割り切る選択肢はガマンする事になるが
超え切ると解放に向かう
原因は原因と呼べないくらいの
高みへ行けばいいだけの事
それは楽では無いけど、いずれ楽になる。

原因は人それぞれで
沢山の方法を考えてしまうけど
考え方は単純にした方がいい
そして単純に考え過ぎた時に
軽率な行動は違う、単純を軽率に
しないで欲しい。
単なる純粋な考えを大事に超え切って下さい。